【パチンコを辞めない】パチンコ依存症の新しい治し方

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どうも、パチンコ依存症になってから早数年になるしょーきです。

そもそも、このブログの相方ひろやもパチンコ依存症で、

パチンコ依存との戦い【行けない事の辛さ】

パチンコ依存との闘い【辞める為の決定打】

私がパチンコ依存症に至るまで・・・。

などの記事を書いており、ブログ運営している2人ともがパチンコ依存症という、不安定な私たちですが、私とひろやにはパチンコに対し、少しばかり考え方の違いがあるため、パチンコ依存症の方に、私のパチンコに対する考え方も見ていただき、新たなパチンコ依存症克服のきっかけになればと思い、記事を書いていきます。

俺のパチンコ物語!

キュインキュインキュイイイイン!!

脳をつんざく爽快な音に、右手に伝わるバイブレーション。画面越しでも分かる。私は今や、この島で一番の注目の的だ。左手で握りこぶしを作り、小声で「ヨシっ」とガッツポーズを決める。

連チャン連チャン。隣の人は少し苛立ったたような顔をしているが、申し訳ないと皮肉交じりに思いながら、吐き出される大量の玉を見つめる。
『大量、大量~!』連チャンが終わるやいなや、カードを手に持ち、換金所に。

そんな日が続いていた私は、いつの間にか「打ち続ければ勝てるに決まっている」とパチンコのトリコになっていた。

2014年某月某日。その日も私はパチンコ屋に向かった。現金を手に取り、GAROに座り、諭吉を投入!しかし、その日はいつもと違った。回せど回せど当たらないのだ。
ついに財布の中に入っていた現金がなくなった私はあろうことか近くのコンビニまでダッシュ。「あと少しだけ回せば勝てるはず!」という根拠のない強い思いだけが私の身体を支配していた。機械にカードを入れ、4桁の番号を入力するとお金が出てきた。そのお金をガッシリと手に取った私は、その状態のままダッシュでパチンコ屋に戻る。

頭の片隅、ほんの数ミリほどの場所で「これ以上続けてはいけない」と叫び続けている存在を分かってはいたが、『仕事で頑張ってるんだから・・・』などと、過呼吸並みの苦しい言い訳で自らを正当化した。

そんな私に神が救いの道を与えるはずもなく、遂に私はお金を使い果たした。

『何やってんだ俺・・・本当、情けない。もうパチンコ屋には2度と行かない』その捨て台詞を何度も吐くことになるとは露知らず。

私はそれからしばらくは、宣言通りにパチンコ屋に入ることはなくなった。空いた時間は読書、岩盤浴に出かけるなど、それなりに有意義な時間を過ごせていた。
3か月ほど経っただろうか、時間を持てあました私は、以前のパチンコ屋で味わった気持ちはどこへやら。パチンコ屋に再び足を踏み入れたのだ。

鳴り響く希望の音に異常に低い温度設定。私は久しぶりのパチンコに胸を躍らせた。台に座るやいなや、現金を投入する。「そういえば昔、現金を投入する場所を間違えて、隣の人に迷惑をかけたなぁ~」などと思い出しながら。

始まりこそ余裕のあった私だったが、当たらない時間が増えるにつれ、焦りが募る。しかし、その焦りと同時に「当たったときの気持ちよさ」を妄想していた。・・・2時間は経っただろうか。資金は底をつき、帰りの車のなかで冷え切った右手を温めながら、後悔に打ちのめされた。

そんな体験をした私は資金を取り返すべく立ち上がった

時間さえあれば様々なサイトを見て、釘の位置を学習し、1,000円の投資で何回転するかを計算し、回る台を選定しては、注ぎ込んでいった。やがて計算しながら打っていた私の財布からは計算外の費用が飛んでいった。

しかしそれでもパチンコをやめることができなかった私は低玉貸パチンコに走った。

今までは、500円を入れると125発の玉が吐き出されてきたが、私の行った低玉貸パチンコでは、100円を入れると500発の玉が吐き出された。「玉を抜いてください」当たってもいないのにあたかも当たったかのような音声が島にとどろく。

これだ。私は、私がパチンコに求めていたものを手に入れた気がした。そう、『金儲け』でも、『勝つこと』でもなく、『脳に伝わる刺激』を手に入れるための最善の方法を。
それから私は低玉貸パチンコにハマっていった。1日中打ったとしても、使えて5,000円が限界なため、お金の減り方がずいぶんと優しくなり、次第には「俺何やってんだろ?」という気持ちが強くなり、パチンコ屋に足を運ぶ回数が減っていったのだ。

そう、私のパチンコ依存症解消法とは、低玉貸パチンコに切り替えることだ。

低玉貸を打っていても脳に与えられる刺激は偽物ではなく、紛れもない本物であり、また、低玉貸に慣れてくる頃には「時間がもったいない」と考えれるようになってくるため、いわゆるパチンコに飽きた状態を作り出すことが可能になる。

そうなれば、無理してやめようと思う必要もなくなり、パチンコに利用されていた立場から、パチンコを利用する立場に移行できるのだ。

パチンコ依存症でどんな方法をとってもやめることのできなかった皆さんも、是非1度、低玉貸を試して欲しい

最後までご覧いただき、ありがとうございました。

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ABOUTこの記事をかいた人

1991年10月9日生まれ
小中学校と全く勉強もせずに、遊びほうけていた私。偏差値の低い高校に入学し、テストで良い点を取れるようになるも、2年生になる頃には赤点の常連に。
そんな頭と顔の悪い私が、高校2年生のときに運命の人と付き合えることに。
色々なところに旅行へ出かけ、相思相愛だと信じ込むも、彼女が浮気していることを知る。応援団の団長で1,2,3年をまとめたり、文化祭にてウォータボーイズをするなど、積極的に活動する。
遊びほうけていたためあまりにも頭が悪く、大学に行けなかったため、専門学校に入り、1日10時間勉強する環境に身を置く。初めての勉強でストレスにより頻尿になり、20歳にて初ハルンケア。24歳で初めての詐欺被害(投資詐欺)により150万円を騙し取られる

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