私がパチンコ依存症に至るまで・・・。

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おはよう パチンコ
こんにちは パチンコ
こんばんわ パチンコ
さぁ明日も パチンコ
あぁ昨日も パチンコ

おはようからおやすみまで パチンコ

こんな状態に至ってしまって、約5年。
私、パチンコが大好きなんです。
最近になってやっとパチンコ依存は抜け出しましたが、
パチンコをどうしてもやめられないという人はたくさんいますよね・・・。
では、なぜそんなパチンコ依存症になってしまったのか。
私の場合を紹介していきたいと思います。

【1.パチンコ依存へのきっかけ】

いやー、完全にギャンブル依存症な私にも、
パチンコなんてものを知らない時期があったのです・・・。

そう、あれは19歳の夏・・・。
専門学生時代にバイトをしていた時、先輩から言われました。
「パチンコやらんの?一緒に行こうぜ!ノリウチしようぜ!」

パチンコ・・・?ノリウチ・・・?
ギャンブルね・・・。
ギャンブルは私やりませんよ。
そんな不浄な物に手を出すわけがありません。

そんなしっかり者ではない私。

「誘われたし、一回だけ行ってみよう。

そう、これが運命の分かれ道。
私は勝ってしまったのです。

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時給1000円以下で働く私にとって、

パチンコで勝てば数万円という事実は、衝撃的でした・・・。

同時に、他では経験した事がないような快感を味わいました。
手が震え鳥肌が立ち、心が興奮を隠し切れない。
ギャンブルをして勝っている時ってめちゃくちゃ楽しいんです。
これがギャンブル依存症、パチンコ依存症の幕開けです。

【2.もう一度勝って快感を味わいたい】

休みの日に家でごろごろしていると、
「なぁ、また味わいたいだろ?あの快感。行けば味わえるんだぜ。」
「行ったら勝てるって。負けるわけないって。大丈夫。ほら行こうぜ。」
心の中で謎の声がしてくるのです・・・。
付きまとう誘惑。暇になると現れる誘惑。

葛藤を繰り返す脳内。
自分自身との戦いです。
が、当然のように私はパチンコへ足を運びました。

あの快感をもう一度
心がその一言で埋め尽くされていき、気が付けば私の身体は
財布・タバコ・携帯・車の鍵を手に取り、
近所のパチンコ屋へ向かってしまうのです。

しかし、そう都合よくは勝てません。
あの頃は、勝つか負けるかは努力次第。
勝ちを多く繰り返せば、お金を稼げる!
と思っていました。
しかし現実は当然パチンコ屋さんが儲かるようにできています。
やはり負けた金額の方が多いのです。

しかし諦めきれない私は
もう一度だけ、もう一度だけと、

時間の無駄、お金の無駄
である、
パチンコ依存症へ本格的に突入したのです。

【3.冷静な判断ができなくなる】

何時間何日何年、パチンコ台と向き合い続けた事か・・・。
気がつけば財布の諭吉達は次々に消え去り
「何をやっているんだろう?」という思いだけが残りました。

1年間のパチンコ収支をつけてみましたが、
予想以上の額が減っていました。
今までパチンコに使った時間、
それに釣り合うほどの対価を得れたわけでもなく、
時間もお金も費やしてしまった状態であるという事実。

しかし、人間とは不思議なもの。
良かった事(勝った事)は覚えているのに、
悪かった事(負けた事)はすぐに忘れてしまいます。
いや、考えない方が楽という判断をしてしまっているのでしょう。

・行けば負ける確立の方が高い事。
・収支を1年間つけた結果負けている事。

普通に考えれば、パチンコをやめようと思うはずですが、
そこがパチンコ依存症の怖いところ。
勝った時の快感をもう一度味わいたい。
という気持ちに支配されてしまっている私は
これだけの事実を突きつけられても、行く事をやめませんでした・・・。

そこからはもうずっとはまり続けるだけです。
やめた方がいいとはおもっているけどやめられない日々。

これがギャンブル依存症になる過程なのです。

【まとめ】

・パチンコ依存のきっかけは初めて勝った瞬間。
・快感がずっと心に残ってしまう。
・もう一度その快感を味わいたくて行き続ける。
・人間は悪い事をすぐに忘れてしまう。
・勝ったときの事はすぐ思い出す。

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ABOUTこの記事をかいた人

生年月日1992年2月23日。
人付きあいが苦手で、相手が何を考えているかわからないという不安から、人と話すときは目を合わせたりすることができなかった子供時代。家庭の事情により対人恐怖症が悪化。学生時代も対人恐怖症は続いていたが、恋人ができたおかげで徐々に対人恐怖症も改善。
その頃のバイトの帰り道で、倒れている老人を見つけお家までおんぶしていった経験から介護士になるという道を志す。
恋人との別れ(浮気される)により木製のベッドに「死」という文字を爪で彫り続けるほどの狂いっぷりを発揮。失恋の絶望を味わう。より一層人を信じれなくなる。傷心のまま介護の専門学校へ入学。
優しい人間ばかりの介護学生達。その優しさのおかげで心の傷から復活。この頃の周りの人間に多く助けられた経験から「人に優しく楽しく生きる」という事を心に誓う。
その後、国家資格である介護福祉士を取得し、老人保健施設に就職。
現在介護歴5年目になる映画鑑賞・小説・スポーツ・スノボー・飲み会が趣味の満24歳。
負けず嫌いなので、何事も真剣に全力で。がモットーです。
Twitterアカウント https://twitter.com/kameshimehiroya