通学路で、二人組ヤンキーに絡まれた結果

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最近、自分が24歳独り身という事実+ヤンキーに絡まれた回数が、
とても、とても多いという事に気が付かされました。

「え?絡まれた事なんてないけどw」

そんな人が多い中、私は過去に数え切れないほど喧嘩を売られおり、
友人達に相談した結果をまとめると
目つきが悪いから」
身長が低いから」
「見た目がチャラいから」
弱そうだから」
等の理由が挙げられるようです。

そんなことをいわれましても
というのがこちらとしての心情なんですが……。
そんな僕のヤンキーに絡まれた経験談を見て、
これからみなさんが絡まれた時の参考にして頂ければ幸いです。

【僕のスペック】

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今(23歳)でも身長が158cmにしか、たどり着けなかった僕は、昔から人より成長が遅く、
高校1年生になっても小学生の程度の身長(145cm程度)しかなかったのです。
そして、かなりの低知能でした・・・。(通知表オール2以下程度の学力)

そんな僕でも受け入れてくれた私の学校(A校)はさすがでした。
ご近所高校さんは「A校の子とは関わっちゃダメ。」と生徒に教えているようでした。
差別?偏見?いや、通っていた僕自身、それが得策だと思います。

それでは、こんな僕のヤンキーに絡まれた経験談をどうぞご覧ください。

しょーきのイオンで年上ヤンキーに絡まれた時のお話しもよければどうぞ!

【自転車通学中の悲劇】

ある日、おバカな高校として知られている私の学校の制服をきっちりと着用し、
自転車通学中、小道を走っていると、いきなり体が吹き飛ばされました。

「??。石につまづいたかなぁ。」なんて思いながら顔を上げると

そこにはB校(通知表オール3程度の学力)の生徒が二人、ニタニタしながら立っていました。
僕の通学路の途中にB校はあり、彼らも通学途中だったようです。
そう、ヤンキーに絡まれてしまいました
僕は片方を、V系と名づけました。
もう片一方は、オジサンと名づけました。

V系「クズ高校のくせに、いつも邪魔くせーんだよ!」
オジサン「死ね!」
V系「殺されたくねーならこの道通るな!」
オジサン「死ね!」

そんな罵声を浴びせられた僕は恐怖で泣きそうになっていました。
ドM精神になろうとしても無理でした。
エクスタシーに達する事もできず、びびりまくっていました
オジサンが「死ね!」しか言ってこない事に笑うこともできません

【キレやすい10代】

しかしながら、私も10代。
恐怖と同時になぜ何もしていない僕がこんな扱いをされなければならないのか
強烈に頭をよぎりました。高校1年生といえば反抗期まっしぐらな時期。
自分の思いがうまく通らないとすぐに手を出す時期。

僕も例外ではなくその瞬間、完全にキレていました
「ひでぶう!!」とまではいかなくても、「あべし!!」位は言わせてやろうと必死でした。

V系(ちょっと弱そうだった。)に渾身の力をこめて右パンチしたつもりですが、
非力な僕のパンチ等、効かぬといった顔で、
「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ァ!!」
と言わんばかりに、何発も腹を殴り返されてしまいました。

そこからは一度も殴り返す事ができず、道沿いの公園に連れ込まれてしまい、
貝の様な形になりながら、ただひたすらV系とオジサンに蹴られ続けました。
金を取られるかも。仲間を呼ばれるかも。殺されるかも。

一連の流れは多分5分、10分程度だったのでしょうが、
恐怖心のせいか途方もなく長い時間に感じ、本当に殺されると思いました。

しばらく蹴られ続けた後、「二度とこの道使うんじゃねぇぞ!!」的な怒鳴り声をあげ、
V系とオジサンは去っていきました。

乾杯。

あ、違う違う。

完敗。

痛くて、しばらくそのままの体勢でうずくまっていた僕は気が付いたら泣いていました。
悔しくて悔しくて、泣き続けました。どこからともなく現れたホームレスがすごい見ていました
その公園にいた小学生が、割と真剣に心配してくれました

いつも通り、学校へ通おうとしていたはずなのに。
いつも通り、自転車で通学していただけなのに。

ボロボロな僕は、学校は休むしかなくなり、家に帰って一日中寝ていました。

この日僕は、理不尽な暴力もあるという事を痛感しました。
喧嘩は力が強い者が勝つ、という事を。

【まとめ】

この惨敗結果から、僕は色々な事を学びました

・突然絡まれた場合はまず冷静に状況判断。
・勝ち目がないなら、喧嘩するべきじゃない。
・下手に出れば多分殴られなかった。
・殴られたらめちゃくちゃ痛い。
・蹴られるのはもっと痛い。

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ABOUTこの記事をかいた人

生年月日1992年2月23日。
人付きあいが苦手で、相手が何を考えているかわからないという不安から、人と話すときは目を合わせたりすることができなかった子供時代。家庭の事情により対人恐怖症が悪化。学生時代も対人恐怖症は続いていたが、恋人ができたおかげで徐々に対人恐怖症も改善。
その頃のバイトの帰り道で、倒れている老人を見つけお家までおんぶしていった経験から介護士になるという道を志す。
恋人との別れ(浮気される)により木製のベッドに「死」という文字を爪で彫り続けるほどの狂いっぷりを発揮。失恋の絶望を味わう。より一層人を信じれなくなる。傷心のまま介護の専門学校へ入学。
優しい人間ばかりの介護学生達。その優しさのおかげで心の傷から復活。この頃の周りの人間に多く助けられた経験から「人に優しく楽しく生きる」という事を心に誓う。
その後、国家資格である介護福祉士を取得し、老人保健施設に就職。
現在介護歴5年目になる映画鑑賞・小説・スポーツ・スノボー・飲み会が趣味の満24歳。
負けず嫌いなので、何事も真剣に全力で。がモットーです。
Twitterアカウント https://twitter.com/kameshimehiroya